みんなのエッセイ
患者さんのエッセイを紹介

IBDと共に前向きに考えた 妊娠、出産、そして子育て

今回おはなしを聞いた方
潰瘍性大腸炎のフリーランスライター くわっちさん
くわっちさんは、中学生のころ潰瘍性大腸炎を発症。再燃と寛解を繰り返す中で色々な仕事を経験され、今はフリーランスライターとして雑誌をはじめ、ブログやSNSでも活躍されています。そして、くわっちさんは2人のお子さんのお母さんであり、子育ての真っ最中です。

※このエッセイは患者さんへのインタビューをもとに作成しています。

心強さを与えてくれた同じ潰瘍性大腸炎患者のSNS

『これって、本当にただの風邪なのかな。』
 瀬戸内海の島で育った中学2年生の私は、長引くおなかの痛さや発熱ですっかり元気をなくしていました。母が看護師として勤務する病院へ連れて行ってもらったものの、私が説明する前に母が医師に風邪と告げ、そのまま風邪薬を処方されて帰ってきました。今思えば、母は勤務先の医師に遠慮して、手を煩わせたくないと思っていたのかもしれません。そうして中学生活は、体調が悪いまま過ぎていきました。

 中学の卒業式の後に、担当医の勧めで別の病院で内視鏡検査を受けた結果、すぐにUCの診断に至りました。市内の大きな病院を紹介され、高校入学直後に入院となったのですが、それまでずっと不安感を持ち続けていただけに、やはり入院になるくらい悪かったんだと、むしろ安心したことを覚えています。

 入院中はガラケーで、UCについて調べました。当時はTwitterがサービスを開始したばかりだったのですが、同じ病気の人をみつけて、「一人ではないんだ」と心強さを感じました。この時の気持ちが、今の私の情報発信活動のベースになっています。

イラスト:とこりともとり

不安だった妊娠生活が親友への相談や知識を得ることで前向きに

 高校卒業後、最初に入社した会社は体調を崩してやむなく退職しました。次に就いた仕事は3日間働いて1日休むことの繰り返しで、このサイクルは以前の週5日間働いて2日休むよりも、私には合っていたようです。個人差は大きいと思いますが、自分の病状に適した働き方があるのかもしれませんね。

 この職場には長く勤め、時にバーテンダーの仕事を掛け持ちすることもありました。しかし、やはり無理があったのか、少しずつ体調が悪化していきました。そんな中、妊娠が判明します。

 この時、驚きはありましたが、とても嬉しかったのを覚えています。しかし徐々に悪化する潰瘍性大腸炎をかかえながら、「このまま産んで大丈夫?」「潰瘍性大腸炎は遺伝するの?」「もしシングルマザーになったら…」など不安も尽きません。そこで、親友や周囲の先輩ママへ相談したところ、みなさん真摯なアドバイスをくれました。いつしか私は、出産に対して前向きにとらえるようになり、何があっても、お腹の子が二十歳になるまで絶対に育て上げようと決意しました。

 ただ一つ後悔したのは、妊娠判明前の引っ越しで忙しかったこともあり、以前の自治体で発行してもらっていた難病の手帳*を更新していなかった点です。結局、悪化した際に面倒な手続きを行うこととなり、この点は妊娠の可能性のある難病患者さんには注意して欲しいと思います。
※特定医療費(指定難病)受給者証

 妊娠中は、つわりが重く、それまでと同じように仕事をすることが難しくなってしまいました。そこで、在宅ワークが可能な職種を調べ、今でも続けているライターの仕事を始めました。ところが妊娠中期に血糖値が上昇してしまい、その再検査で貧血も判明、さらに切迫流産の基準値も超えてしまいます。仕事、妊娠、潰瘍性大腸炎と、いずれも両立して前向きに頑張ってきたつもりですが、無理のしすぎは良くないことを痛感しました。

 この一人目の妊娠では、産婦人科専門の病院に通って無事に出産できましたが、やはり潰瘍性大腸炎に対するケアは必ずしも十分ではなかったかもしれません。二人目の妊娠では、総合病院の産婦人科でしたので、こまめに消化器内科の先生と連携をとっていただき、例えば貧血用の鉄剤も、私の病状に配慮した投与方法を選んでもらえました。潰瘍性大腸炎患者さんが産婦人科専門の病院で出産される場合、疑問点があれば自分で消化器内科の先生に質問して、その内容を再び自分が産婦人科の先生に伝えることで不安が少し解消されると思います。

 また、二人目の妊娠では、ライターとして妊娠、出産、育児をテーマに仕事をしていたため、自然とそれらの知識が得られ、安心して妊娠生活を過ごすことが出来ました。やはり、潰瘍性大腸炎患者さんが妊娠と出産を安心して迎えるためには、一定の知識を得ることが重要と思います。

子育ては一人で行うものではなく、まわりの人たちと一緒に

 出産後はすぐに授乳となりますが、私の場合は乳腺炎を発症したことから粉ミルクでの育児となりました。母乳と粉ミルクのどちらで育てるかについては、本当に個人の考えによると思います。ほとんどの潰瘍性大腸炎治療薬は母乳育児に影響をおよぼす心配はないようですが、少しでも不安があれば主治医の先生へ相談したほうが良いと思います。

 また、潰瘍性大腸炎には常にトイレの問題がつきまといます。特に子供を連れて外出しているとき、急にトイレに行きたくなったらどうしようと不安になります。私の場合、たとえ歩いてすぐの場所にスーパーがあっても、ネットスーパーを活用していました。公園遊びは、自分のトイレ対策として食事を抜いて外出したりしましたが、やはりつらく、「無理して公園に行く必要はない!」と割り切って、部屋の中で子供たちと一生懸命遊びました。

 ライターの仕事などで炎症性腸疾患の母親の話を伺う機会もあるのですが、あれもしなければ、これもしなければと頑張りすぎて、疲れ果ててしまう場合も少なくないようです。自分で自分にストレスをかけるよりも、もっと気楽に育ててもきっと大丈夫と思った方が良いのではないかと思います。

 とはいえ育児中は、子供のことで頭が一杯になりやすいのが現実です。そして自分のことがおろそかになり、潰瘍性大腸炎治療薬も飲み忘れがちでした。すると、夫が無言で、翌日の薬を机の上にセットしてくれ始めました。これは本当にありがたく、夫だけではなく、自分の両親や義理の両親に対しても、潰瘍性大腸炎について理解を深めてもらうことが、とても大事と思うようになりました。実際に、潰瘍性大腸炎で入院した時、みんなに助けてもらえたことから、日常のコミュニケーションや感謝を伝えることの大事さを実感しました。

 炎症性腸疾患だから子供は難しいんじゃないかと思う方も珍しくないかもしれません。しかし、炎症性腸疾患の親に限らず、子育ては決して一人で行うものではなく、家族をはじめ皆で取り組むことで、喜びも広がっていくのではないでしょうか。子供の成長は、何よりも嬉しく、二十歳になるまで育て上げるという決意は揺らいでいませんが、今はむしろ成長をそばで一緒に見守らせてほしいと優しく願うようになりました。